2021年05月23日

インプット講義を受講していただいている方からの「質問カード」で、これはという質問を取り上げて、ご質問があった事項とその回答を記載する「学習意欲が高まる!素朴な質問・疑問」の8回目です。

第8回は、労働一般常識の「男女雇用機会均等法9条」に関する質問です。


【質問内容】

男女雇用機会均等法の9条(プレミアムテキスト「労働に関する一般常識」の98ページ)2項には、「事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。」とあります。
そして、3項では、「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法65条に定められた産前休業を請求し、又は産前産後休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」となっています。
どうして婚姻を2項に、妊娠・出産を3項に分けているのでしょうか。
婚姻については「その他不利益な取り扱いをしてはならない」という規定は当てはまらないのでしょうか。

【回答】

男女雇用機会均等法の9条2項・3項に関するご質問ですが、なかなか良いところを突いた質問ですね。
これには、歴史的背景が絡みますので、少々長くなりますが、ご説明させていただきます。

まず、男女平等関連の法制度の全体像からみていきましょう。

男女平等政策に関する法律は「仕事における平等な取り扱い・公正な取り扱いを定めたもの」と「家族的責任を法的に保障するもの」の2つに大別できます。

<仕事における平等公正な取り扱いを定めた法律(職場)>
・男女雇用機会均等法
・労働基準法
・労働契約法
・パート・有期法
・労働者派遣法
・女性活躍推進法  等

<家族的責任の法的保障に関する法律(家庭)>
・育児・介護休業法
・次世代育成支援対策推進法  等

さて、「職場での平等公正な取り扱いを定めた法律」のひとつに位置付けされる男女雇用機会均等法ですが、正式名称は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」であり、男女雇用機会均等法は通称です。

ここでは、事業主が募集・採用や配置・昇進・福利厚生、定年・退職・解雇にあたり、性別を理由にした差別を禁止することなどを定めていますが、看護婦が看護師に、スチュワーデスが客室乗務員に名称変更されたのもこの法律によるものです。

男女雇用機会均等法が制定された経緯は、1979年に「女性差別撤廃条約」が国連総会で採択され、個人や企業による差別を含め、女性に対するすべての差別を禁止する立法その他の措置をとることなどを締約国に義務づけられたことによります。
そこで、その当時、日本は国連の「女性差別撤廃条約」の批准にむけ、国内法の整備が必要になりました。
その結果、制定された法律が「男女雇用機会均等法」(1985年(昭和60年)成立、1986年(昭和61年)6月施行)でした。

ちなみに、「女性差別撤廃条約」には、男女平等を旨としながら、女性にのみ妊娠・出産に関する母性保護を適用することは差別に当たらないことを明示している一方、家族的責任に関する保護について男女両方が対象と解されており、同一価値労働同一賃金に関する権利も規定されています。
この条約の第11条に「雇用の分野における差別の撤廃」が規定され、2項(a)に「妊娠又は母性休暇を理由とする解雇及び婚姻をしているかいないかに基づく差別的解雇を制裁を課して禁止すること。」という文言があり、ここが男女雇用機会均等法9条2項・3項の根拠となる箇所です。

それでは、男女雇用機会均等法9条みてみましょう。

<男女雇用機会均等法9条(婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)>
① 事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
② 事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。
③ 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法65条に定められた産前休業を請求し、又は産前産後休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
④ 妊娠中の女性労働者及び出産後1年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。

ご質問の主旨としては、(1)9条2項、3項が別々の項になっている理由と、(2)3項は「妊娠、出産、産前産後休業等」については「解雇その他不利益な取扱い」を禁止しているのに対し、2項では、「婚姻」に関して「解雇」のみを禁止しているのは、何か理由があるのか、という2点ですが、順を追ってご説明いたします。

まず、(1)の9条2項、3項が別々の項立てになっている理由ですが、2項の「婚姻」と3項の「妊娠・出産」は実は意味的に大きな違いがあります。
というのも、「婚姻」については、男性、女性共に当てはまることですが、「妊娠・出産」は女性だけに当てはまるものだからです。
この違いから、9条1項では、「婚姻・妊娠・出産を退職理由として予定する定めをしてはならない」と「婚姻・妊娠・出産」を並列にしているにもかかわらず、「婚姻」が2項、「妊娠・出産」が3項と使い分けているひとつの理由になっています。

ただ、3項の「女性労働者が妊娠したこと、出産したこと」の「女性労働者」という表現は、「妊娠・出産は「女性」だけのことですから本来、「労働者」という表現でも、別段、通じるわけですが、わかりやすく「女性労働者」という表現にしているだけのことになります。
ところが、2項の「女性労働者が婚姻」という表現は、あえて「男性労働者は含まれない」ことを意図して作られた条文となります。
というのも、男性労働者が婚姻して解雇されたという話は聞いたことがない(通常、考えられない。)からです。
一方、女性の場合はどうかというと、法制定の昭和の頃は「結婚退職制度」がまかり通っていて、「寿退職」が奨励(当然視)されていました。
これは、日本における性差別の極めて象徴的なものであり、これらのことを特に禁止することが国際的にも必要でした。
たとえば、女性が結婚退職する場合に退職金を上積みするいわゆる「結婚退職上積制度」が就業規則に記載されている企業もあるほどで、こういった制度は、男女同一賃金の原則を定める労働基準法4条に違反する行為となりますが、女性の婚姻については、とにかく真っ先に「解雇」又は「退職」する風潮を無くすことが、「女性差別撤廃条約」の批准上、急務とされたわけです。

したがって、2項と3項に分けた理由ですが、「婚姻」(2項)と「妊娠・出産」(3項)は対象が違ううえに、2項は「男性労働者は含まれない」が、3項は「元々女性労働者でしかありえない」ものであることから、意味の違いを明確にするため別立てとされています。
また、「女性差別撤廃条約」の文面の中には、婚姻による差別的解雇を禁止する旨、明記されており、3項に「婚姻」を入れてしまうと、他の「妊娠・出産・産前産後休業・その他厚生労働省令で定めるもの」の中に埋没してしまい、意味合いが薄れてしまったり、国連や諸外国の首脳が読み取れないと困ることになりますので、独立した2項ですっきりとした一文にしたわけです。
それに加えて、「女性の婚姻=退職」の日本の悪しき慣習を変えるためにも、独立した項立てが必要でした。

ところで、9条3項の「妊娠・出産」についても、当初は「解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」ではなく、「解雇してはならない」とされていました。
ところが、平成19年改正で「不利益取扱い」が追加され、「解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」という表現に改められ、改正の柱とされています。
なお、ここはプレミアムテキスト労働一般常識90ページの最後の5行にも記載されています。

<プレミアムテキスト労働一般常識90ページ最後の5行>
さらに、差別事案の複雑化や妊娠・出産等を理由とする不利益取扱い事案などが増加していることから、平成17年12月の労働政策審議会の建議を受け、間接差別の禁止を含む性差別禁止の範囲の拡大とともに、妊娠、出産等を理由とする解雇以外の不利益取扱いを禁止するなどの見直しを行うことを内容とする男女雇用機会均等法等の改正法案を第164回通常国会に提出し、平成18年6月15日に成立した。

男女雇用機会均等法は、先にも触れたとおり、昭和61年に施行されていますが、平成になってからの大きな改正が2度ありました。

最初の大きな改正は、平成9年(1997年)に行われ、法律制定時には努力義務とされていた募集・採用、配置・昇進において、女性であることを理由とする差別的取り扱いが禁止されました。これにより、法律制定時から差別的な取り扱いが禁止されていた定年・退職を合わせ、募集・採用から定年・退職に至る雇用管理において、事業主が、女性に対して差別することが禁止されることとなりました。
また、女性のみの募集や女性のみの配置などの女性に対する優遇については、女性の職域を固定化したり、男女の職務分離をもたらしたりする等の弊害を招くことから、原則として「女性に対する差別」として新たに禁止されました。一方で、事業主が講ずるポジティブ・アクション(=男女労働者の間に事実上生じている格差を解消するための取り組み)に対し、国が相談その他の援助を行うことができる規定が新設されました。

続く2つ目の改正は、平成19年(2007年)改正となります。
項目としては、①差別禁止の範囲が拡大され、「女性差別」禁止から「性差別禁止」へ拡大し、男性も対象になったこと、②セクシュアル・ハラスメント対策の強化として、すべての事業所が講ずべき義務になり、セクハラも防止の対象拡大され、男性や同性間を含むこととなったこと、③直接的な差別だけでなく、間接差別(=一見性別が関係ないように見えるルールや取り扱いを運用した結果、どちらかの性別が不利益になってしまうこと)の禁止、④妊娠・出産を理由とする不利益取り扱いの禁止、⑤法に違反した場合の制裁規定を整備(企業名公表対象の拡大、過料創設)などが挙げられます。

このように、平成19年に施行された改正男女雇用機会均等法は、男性を基準として女性の機会や待遇をその基準に近づけていくという規制のあり方から一歩進んで、男女に等しく適用されるべきユニバーサル的な規制の在り方を示したといえます。
そこには、男性中心の雇用社会から男女が等しく支える雇用社会へという、新たな雇用社会の構築に向けた動きを読み取ることができます。

それでは、本題に戻りますが、9条2項では、「婚姻」に関して「解雇」のみを禁止しているのに対し、なぜ、3項は「妊娠、出産、産前産後休業等」については「解雇その他不利益な取扱い」を禁止しているという違いが出てきたのかについてですが、先ほど記載した平成19年改正では、妊娠・出産の際に休業することで辞めさせる(解雇)ことまではいかないものの、配置転換をして通えないほどの距離の通勤をさせたり、契約の更新を拒否するなど、昇進・昇格・賃金・異動・待遇・契約等に関して不利になる事例が多く見受けられたことが挙げられます。
それまで法での規制が「解雇」のみで、「不利益な取扱い」の禁止までされていなかったことから、事業主としては「解雇」はしないものの、「不利益取扱い」をすることで結局、会社を辞めざるをえない状況に追い込まれる女性労働者が後を絶たなかったわけです。

ただ、「婚姻」については、「会社を辞める」ということ自体の問題がとにかく大きかった(裏を返すと、不利益取扱いをすること以前に辞めてしまうことが多かった。)ことから、とにかく辞めないで仕事を続けるということに力点が置かれました。
それに、「女性差別撤廃条約」においても、「婚姻」することで「解雇」されることを明確に禁止していましたから、条約の内容を我が国での法制度の中に確実に担保する必要がありました。
そこで、女性労働者の婚姻における「解雇」の禁止を9条2項で明記したわけですが、条約では「不利益な取扱い」までは禁止項目とされていませんでしたから、平成19年改正では、2項に関してはあえて触れずにそのまま同じ表現に留められた次第です。

ただし、2013年改正で、「婚姻を理由とする差別的取扱い禁止の明示」が省令・指針で加わりましたが、法律そのものを改正することが叶わなかったことが課題とされています。
そのため、将来的には、2項は「解雇」だけでなく、「不利益な取扱い」の禁止が加わるものと考えられます。

今回のご質問のような素朴な疑問は、紐解いていくと、歴史的背景や改正の経緯が絡んでくることがあります。
勿論、「ただ単にそうなっているだけ」としか、回答できないケースもあるでしょうが、今回のご質問の回答の主旨の部分に関しては、厚生労働省雇用環境均等局雇用機会均等室の方にご尽力いただき、解釈便覧のようなもの(おそらく書庫にある古い資料ではないかと思われます。)で調べていただいていますのでより確かです。





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